U基礎編 A 聴皮質の構造 3 HOMENEXT 図2-6

大脳辺緑系と聴覚可塑性

はじめに

 外耳に到達する音刺激は,必ず蝸牛内のある基底膜を振動させているが,我々はそのすべてを一様に知覚・認知している訳ではない。

生物学的意味のある音には注意し,無意味な音は無視している。

このように,我々が実生活において音を取捨選択する柔軟な情報処理機構は,脳内でどのよう に表現されているのだろうか。

この間いを含め,聴覚系の可塑性について,大脳辺縁系との関係から検討する。

a  大脳辺緑系とは

 大脳辺縁系は扁桃体と海馬体を中心とした回路で,脳幹を上から覆い,大脳新皮質を下から支える帯状の構造をしている。

系統発生学的に脳幹は爬虫類脳,大脳新皮質は新哺乳類脳といわれるのに対し,大脳辺縁系は旧哺乳類脳とよばれる(図2−6右下)。

生命に直結する「反射系」としての脳幹,細かさと複雑さへ対応するための「理性」が宿る大脳新皮質に比べ,

大脳辺縁系は,情動系の扁桃体と記憶系の海馬体が中心になって,生物が,たくましく環境に適応するために不可欠な役割をもつ 1)。

b  大脳辺緑系と聴覚伝導路

 大脳辺縁糸はどのように聴覚系に関わってくるのだろうか。まず解剖学的接点を捉えることから アプローチする。

 聴覚伝導路のなかには lemniscal pathway と extralemniscal pathway という2つの回路が並列に含 まれている(図2−6左)。

前者は下丘中心核から内側膝状体の腹側部を通って第一次聴覚野へ,後者は下丘の中心周囲核または外側核から,

内側膝状体の内側部または背側部を通って第二次聴覚野へ至る経路である 2)。

 実は,extralemniscal pathway 上の内側膝状体の内側部から扁桃体へ直接連絡する経路が,明らかになっている 3)。

筆者は,この点に注目し,視床や扁桃体の聴覚機能について電気生理学的,行動学的実験をしている。

C  扁桃体の機能

 扁桃体は情動の座といわれる。

扁桃体が損傷されると,サルは今まで怖がり遠ざかっていたヘビ を口にくわえたり 4),ヒトでも Kluver−Bucy 症候群といわれる情動認知障害をきたす。

 LeDoux らは 5),ラットに音の古典的恐怖条件付けの実験を行うことで,情動の問題にうまく取り 組んできた。

ラットに電気ショック(無条件刺激)を与えると,身体をすくませる(無条件反応)。

次に音(条件刺激)を出してから,電気ショックを与える経験をラットに反復させると,音(条件刺激)を単独で出しただけでも,すくみ反応(条件反応)が起きる。

この音は,条件付け前にラットにとって何の意味をもたなかったのに,音と電気ショックを連合させる期間を経ると,その昔は恐怖を予告する意味をもつ。

そして,音(条件刺激)単独だけでも,すくみ反応(条件反応)が起きるようになったとき,音の恐怖条件付け学習が成立したという。

 この条件付け学習は大脳聴覚野を損傷しても成立するが,内側膝状体または扁桃体を損傷すると条件付け学習は成立しない。

さらに詳細に調べると,内側膝状体-扁桃体の経路または内側膝状体-大脳聴覚野-扇桃体の経路の両方ともに損傷されると条件付け学習は成立しないが,

どちらか一方が残っていれば条件付け学習は成立する 6)。

以上のことから,扇桃体は恐怖条件付け学習に必須な装置であるといえる。

 筆者らは,この古典的恐怖条件付けを多種感覚刺激のオペラント条件付けに拡張した。

能動的条件反応を要する高次のオペラント学習を用いることで,扁桃体は恐怖条件付けだけでなく,「快」の 条件付けにも関係しており,

聴覚だけなく視覚,体性感覚にも対応していることがわかってきた。

図2−7A 7)は,ラットの扁桃体ニューロンの電気生理学的応答である。

このニューロンは,ショ糖 やICSS(脳内快楽中枢の刺激)という快の報酬と条件付けされた感覚刺激には応答を示すが,

条件 付けされていない感覚刺激には応答を示さない。

この場合の刺激の感覚種は,昔でも,光でも,エアパフ(体性感覚)でも構わない。

 すなわち扁桃体は,多種感覚刺激に対して,快か不快の価値判断をくだす場所といえる。

また,そのニューロンの反応は,その感覚刺激に対する条件付け(生物学的意味)の有無で決められており,

その物理的特性(音の周波数や光の方向など)に依存しない。